2025年。

2025年。

上半期はずっとアルバイトしてました。社会に適応できず、自分の身体の声も無視して働き、ばたんきゅーして入院しました。

今年はのんびりな1年になるかと思いましたが、下半期はなんだかいろいろやってました。

お芝居は続けながら、脚本を書いたり、エッセイを書いたり、絵を描いたり、写真を撮ったり、音楽をはじめたり。変化が多かったです。

1番の変化は、私はピエロをやめました。

自分を支える柱を作ろうとその工事をはじめ、その一環です。

ピエロをしてました。そういうふうにしか、人と関わることができませんでした。

たぶん気づいていた人もいるだろうし、その人たちから見ると、私はとても痛々しかっただろうなと思います。

特にむりをしていたわけではなく、しんどいときの自分を見られるほうがいやだったので、へらへらしていただけです。

自分がまいた種ですが、誤解されていると感じることが多かったです。私にはなにを言ってもいいと接する人が周りに増えました。その乖離がしんどくなりました。

もちろんそんな人ばかりではありませんが、ピエロをしている私と知り合って、興味を持ってくれた人となかよくなりたいと思ったとき、うまくいかなかったです。いつまでやんなきゃいけないのかわからなくなりました。なんでこんなことやってるんだろうと思いました。

そういえば、私がピエロをしているのはお芝居を通して出会った人の前だけです。お芝居で出会った人には病気のことは言わないと決めていたので、それも大きかったのかもしれません。

行きつけの病院で、カウンセリングを受けているとき、お医者さんと話しているとき。そのときが1番むりしてない気がします。そして、私はそのときの自分が好きです。

ピエロをやめてみようと思いました。
むりせず、Let it beでいようと試していました。

自然体でいたいと願うこと自体が、そもそも不自然なことかもしれません。

でも、うそをつかないことはできる。今まで笑ってごまかしていたのを、素直に答えることはできる。

きっといろんな人が離れていくだろうなと思ってました。

思ったよりそんなことなかったです。

新しい出会いにたくさん恵まれたので、その印象がつよくて気がついてないだけかもしれません。

出会いもあれば別れもある。そりゃそうです。

でも、その人と会えなくなってしまうことよりも、私が気がつかないところで傷つけてしまったり、いやな思いをさせてしまったこともあるんだろうなと思うと、それはとても苦しいです。

もう会えなくなっても、私にとって大切な人なことには変わりありません。過ごした時間を、交わした会話を、私は覚えています。

そのひとつひとつが私の価値観を作るものとなっています。

もっとじょうずに生きられたらいいのに、と思います。

私は話したいことを話したいし、相手の話したいことも聞きたい。そう思ってるだけなのに、なかなかむずかしいです。

コミュニケーションはたぶん一生悩むと思います。

私はいろいろ芸術をしていますが、そんなもの、痛みをごまかすためものです。必要ないほうがきっとしあわせです。

必要なくなる日がくるといいなぁと今でも思います。やりたいことをできる恵まれた環境にいるのにも関わらず、どこか芸術を必要としていない人をうらやましく感じるときがあります。

私がいろいろやってるのを“なんだか活動的だな、がんばってるな“と思ってくれてる人もいるかもしれませんが、これは私の業です。やらないと、私のなかのごみ箱にごみが溜まっていきます。私の身体も、心も腐っていきます。

ごみ出しできる時間を確保できなかったとき、私は私じゃなくなるみたいで、目の前にいる人を見られなくなります。目の前の人の話を聞くことができなくなります。

傷つけたいわけではない。失礼なことがしたいわけでもない。

“私が私じゃなくなるみたい“

でも、そのとき発した言葉も行動も私がしたものです。

これでよかったのでしょうか。

ピエロをして、いろんな汚いものを隠していたときのほうが楽だった気がします。傷つける人が少なかった気がします。わかりません。

ぐちゃぐちゃが年々増えているだけなのかもしれません。そして、そのコントロールができるほど、大人になれてないのかもしれません。

でも、人にぶつけていいわけではない。
大人だから。相手はママじゃないから。

「自分のためにすることが、人のためになる」と言ってくれた人がいました。

相手のことを考えても結局のところはわからず、気を使わせないようにと明るく振る舞っても、様子がおかしくて心配されたり、なんだかそんなことの繰り返しです。

自分の体調を整えるために、心が穏やかに過ごせるためにできないことはできないと言ったり、休む時間を確保したり、今まで後まわしになっていたそんなようなことが、それが周りの人のためになると教えてくれました。

できるかな。東京に帰ってきてから、しばらくは大丈夫だったのですが、最近は寝たきりに近い状況が続いていました。少しずつ映画館にはあそびに行ったりできるようになってきました。

でもごはんは買いに行けない。お風呂にも入れない。お散歩する気分にもなれない。

ずーっところころ ころころ ころがってます。

でも、今回は映画作りがハードなスケジュールなのはわかってたので、もともと帰ってきたらしばらく休むつもりでした。なので、そんなに自分を責めずにいられてます。

ということは、最初からお休みを設定すればいい。私は今個人事業主なので、やろうと思えばいくらでも働けます。

少し前に「1日休みのときなにしてる?」と聞かれて、そういえば1日休みなんてものがないことに気がつきました。時間だけでいうと、正社員のときより働いていました。

そりゃむりがあります。これは私が持病があるとかそれは関係ない気がします。

週休2日制を導入して、集中して終わらせてとっとと寝る。作業を終わらせる時間も決めましょう。

健やかに、自分にやさしく。そうしたら、人にもやさしくなれるでしょうか。

「こういう人になりたい」

たくさんありました。

でも今は、私は私になりたいです。私は私でいたいです。

それで私のことを好きだと思ってくれる人と一緒にごはんを食べたり、あそんだり。もうそれでいい気がしてきました。

そのひとりがいなくても、私が私のことを好きでいられれば、もうなんでもいいです。

私のことを好きな人がひとりもいなくても、私はみんなのことが好きなのは変わりありません。

自分の美的感覚に逸れることだけはせずにいられたら、できる気がします。

20代の目標、「貪欲にあそぶ」は今のところ順調に達成できてます。

今年の目標はなんだったかな。
自分の投稿をさかのぼると、「演技に触れる」と書いていました。

めっちゃ触れました。師匠とも出会いました。教えていただいていることが、私のやりたいお芝居ととても近くて、目指しているお芝居にとても近づくことができました。

そこでたくさんの素敵な先輩とも出会いました。私はつくづく人に恵まれている。

今までに出会ったみなさん、別れがあったみなさん、今年新たに出会ったみなさんに感謝しています。

いい1年でした。どうか健やかで。穏やかに過ごせる時間が少しでも増えることを願っています。

よいお年をお迎えください。

2025.12.31